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子どもの頃『農業なんてダサい!』と
思っていた私が始めた、人が集う場所づくり
子どもの頃『農業なんてダサい!』と
思っていた私が始めた、人が集う場所づくり
松原 好佑 Mastubara Kosuke
紀の川市出身、33歳。八百屋・カフェ・農業体験ができる「BIRDCALL FIELD」をオープン。「BIRDCALL」とは鳥を集める笛のことで、お客様と農家さんを繋ぐコミュニケーションフィールドの願いを込められている。紀の川市で120年続くまつばら農園の6代目でもある。
BIRDCALL FIELD
和歌山県紀の川市古和田499-1 TEL.0736-79-3755
農業で生計を立ててきたが、我が子には過酷な農業の仕事を継がせたくないと考える人たちもいる。この矛盾は、その人個人の農業の捉え方にあると気付いた松原さん。農業に違う視点からアプローチし、子どもたちに楽しい農業を伝えていきたい。
目次
家業を継ぐという決意
120年続く農家の6代目。現在33歳。そのスマートな風貌からは、松原さんのこれまでの苦労は感じられない。跡継ぎというレールがどれほどプレッシャーだったのか?今は農業が見直されている時代とはいえ、一般的に農業は若者には人気がないと言っていいだろう。
農業がワクワクする仕事にならないかと、模索している若者の物語がここにある。
子どもの頃、松原さんには父がイヤイヤ農業をしているように見えていた。
「今も父に言いますけど、あまり好んでやっていたようには見えなかった」と松原さんは言う。そんな親の背中を見て、親の仕事を好きになる子どもはいないだろう。農家は兄に任せて自分は自由に生きよう。そう企んでいた少年時代。しかし兄が腰の病気になり、農業を継げなくなった。親は継がなくてもいいと言ったが、周囲が自分に期待していると感じた。子供心にもう逃げられないと諦め、それなら自分がやってやると覚悟を決めた。
粉河出身、大学は紀の川市の近畿大学生物理工学部。学生時代、休日は家を手伝うのが当たり前。デートもままならなかった。農業以外の社会を知るため、大学卒業後の3年間だけ、和歌山市の建築会社に就職した。営業職は楽しくやりがいがあったが、3年後の25歳の時、きっぱり辞めて家を継いだ。
農業がカッコ悪いのではなく、親が自分の職業を誇りに思っていなかった
子どもの頃、家が農家だと知られるのが嫌だった。いつもしんどそうに見えたし、泥だらけで帰ってくる親。休みもなくどこにも連れて行ってくれない。今度どこそこに連れていってもらうんだと自慢気に言うサラリーマン家庭の友達がうらやましかった。
誕生日に高価なプレゼントを買ってもらったが、それよりいっしょにいてほしい、と感じていた。
休日に手伝う、というスタイルから専業農家になると、草刈りや収穫といった仕事だけではなく、種まきから出荷までのスケジュール管理など責任のある仕事をすることになった。
天候不順で出荷が遅れたり、思ったように育たなかったり、作物を育てるのは大変な苦労。時間がないという親の気持ちが痛いほど分かった。祖父、父、母、自分の4人が休まず働いても終わりはなく、サラリーマン時代の決まった休みが、恋しくなった。
なぜこんなに農業に魅力を感じることができないのか?
作物を売って利益を得ているのに充実した気持ちにならないのか?
松原さんは、会社勤めの営業時代、お客様との関わりにやりがいや充実を感じていた。農業で、あの感覚を味わうことができたらもっと楽しく働けるのではないか。もっとやりたいという人が増えるのではないか。
そういう想いがくすぶっていた頃、たまたま通りがかった梅田のグランフロントでマルシェイベントと出会った。ふと、うちの農産物も売らせてくれませんかと頼んでみると、自分で売るならやってもいいよと快諾され、すぐに持って行き販売することになる。大阪での対面販売、和歌山ではJAに卸すだけだったので不安もあったが、この試みが「BIRDCALL FIELD」の原点となる。
紀の川市の農産物を、大阪の梅田で新人の農家が対面販売する。試食してもらうと美味しいと言われたり、酸っぱいと言われたり、いろいろな感想を聞いた。褒めてもらうとうれしいが、評価が悪いと頑張らなきゃと思った。農作業の合間に、大阪で販売を続けるうち、やりがいを感じるようになった。お客様と直接向き合い、農作物を通じてコミュニケーションがとれると、
もっと美味しいものを作り、もっと人々を笑顔にしたくなり、より一層頑張ろうという気持ちになった。今では、まつばら農園のモットーになった「食は人の心を豊かにする」と感じた瞬間であり、野菜や果物を通じて人が笑顔になった時、農業がかっこいい仕事だと思ったのだった。
2022年11月「BIRDCALL FIELD」をオープン。
野菜の販売とカフェが中心。座席は、屋根もなく、ほぼ野外。ぎっしりと敷き詰められたウッドチップは龍神杉とひのきで、大地を踏みしめているような感触だ。可能な限り農家の人が直接対面販売できるシステムを作っている。自分の名前が書かれた袋に入れた農作物を、スーパーや直売所に並べるだけでなく、顔と顔、会話を交えて販売して欲しい。その体験を通して、私のように自分の農業という仕事を誇りに感じるのではないか。
「BIRDCALL FIELD」で初めて対面販売した栗農家の方も、やりがいが出たと感想をくれた。もちろん生産者は忙しい。普段の販売は、想いを受け取った仕入れ担当スタッフがしっかり説明して買っていただく。
八百屋・カフェ・農業体験ができる場所づくり
「BIRDCALL FIELD」の敷地内にあるカフェでは、シロップやタルトの加工品も作る。フードロスを減らし、雇用を生む仕事が必要だと考える。誰もが集う場所が、農業の入口になれればいいと思っている。子どもたちにはブルーベリーの摘み取り体験ができるようにした。小さいころから楽しく農業に触れ合うことが、未来の農家を作ることにもつながるのではないか。
「私の祖父や父の世代が築いてきた農業、特に60代、70代の方々の仕事が報われないと、若い世代の農家もこの先明るい未来はないと思います」と松原さんは言う。SNSやECサイトを使うことで、新しいつながりを生み始めている。
農業経営の目線で情報発信していくことでシン・キノカワ農業を模索中の松原さん。「BIRDCALL FIELD」を通してIターンやUターンの人々もどんどん受け入れ、紀の川市を盛り上げていきたい。「農業=かっこいい仕事」と子どもたち思ってもらえるように走り続ける。
取材:2022年12月15日