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住いも甘いも紀の川市「Good for Kinokawa」

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若き日の夢を叶えに、
四季の移ろいと旬を感じる粉河へ。

若き日の夢を叶えに、
四季の移ろいと旬を感じる粉河へ。

人見良夫 Hitomi Ryouta

紀の川市民歴2年

岡山市出身。「カフェとスイーツSablier」オーナーシェフ。大学を中退後、調理師学校に通い料理のいろはを学ぶ。19歳で渡仏し3年間の下積み後、国内各地の有名ホテルでパティシエを経験。2005年、大阪・茨木市でテイクアウト専門のケーキ店「イグレック・ウーブル」を開店。多くのファンに惜しまれながら2016年に閉店後、2018年紀の川市に移住。

令和元年に日本遺産に登録された、約1300年続く「西国三十三所観音巡礼」。その第三番札所として「風猛山 粉河寺」がある。かつて「紀北の商都」として栄えたその門前町には、約100軒ものお店が立ち並び、多くの買い物客で賑わいを見せていた。歴史が色濃く残るこの町で、プロの味を身近に楽しめると評判の「カフェとスイーツSablier」を訪れた。

人との出会いが繋いだ道

お客さんから「ひーちゃんシェフ」と親しみ愛される人見良夫さん(61)。元々は大工を目指し、大学へと進学した。そんな人見さんが、料理の世界へ足を踏み入れるきっかけとなったのが、ある占い師との出会いだ。「京都によく当たる占いの先生がいると聞いて両親と見てもらったんです。そこで『食』に関わる仕事が天職だと言われ、料理の道へ進むことに決めました。」と人見さん。

ものづくりがしたい。4回生たちの進路がいわゆる「サラリーマン」がほとんどだったことに、自分の大学生活への疑問を感じていた。今まで包丁も握ったことのない人見さんだったが、とにかくやってみたいという強い気持ちに背中を押され、大学を中退。調理師の専門学校へと進んだ。

卒業後、フランス料理を志し、東京のホテルオークラを受けるも不合格。ならば本場に挑戦してみようと、19歳で単身フランスへと渡る。フランス語はもちろん、何の伝手もなく飛び込んだ人見さんだったが、不安よりむしろ楽しみが強かったという。「行けばなんとかなるもの。19歳の若造にとって見るもの全てが新しく、世の中にこんな美味しいものがあるのかと驚くことばかりでした。」

皿洗いしかさせてもらえない3年間だったが、本物に触れ「料理で生きていく」という道が固まった。先輩シェフからの「最後のデザートがダメなら、今までのオードブル全てがダメになる」との言葉を受け、パティシエになることを決めた。


19歳で志した夢が全ての動機

「30才でホテルで山高帽を被って、いずれ自分の店を持つ。行く行く地方に店を構えレモンなど育てながら、それを使ったお菓子をつくりたい。」パティシエを志したと同時に、19歳の人見さんが心に決めたことだった。

その言葉通り、日本に帰国後は、大阪のロイヤルホテルや東京のプリンスホテルなど、かつての巨匠たちの元で技術を磨いた。43歳で、地元・茨木市に自身のケーキ店をオープン。順風満帆な生活の中でも、最終的に地方で店を持つ夢を忘れず思い続けた。そして2018年9月、念願だったお店を紀の川市にオープンさせる。


季節に色づく姿に一目惚れ

元々和歌山は考えていなかったと話す人見さん。知り合いの不動産に相談し、奈良や丹波篠山、岡山や山口などあらゆる場所を候補として訪れたが、中々理想の土地に出会わなかった。

そんな中で紹介された紀の川市の土地。「はじめて紀の川市を訪れたときが、ちょうど桜の季節で。紀ノ川沿いを妻と犬と散策していると、飛び込んできたのは、鶯の鳴き声や濃いピンクの桃の花。『すばらしい』と、イチコロだった。」と人見さん。とにかく広いその土地をすぐに気に入った。

移住先を紀の川市に決めてから一番驚いたのは、予想以上にかかった手間と時間だった。「土地も決まり、茨木の店は早くにやめていたのですが、土地の利用許可や契約関係の手続きに数年かかってしまって。あまりにも長くかかったので、店を閉めたあとしばらく知り合いの店でアルバイトもしてましたよ(笑)」今となっては笑い話と、明るく話す人見さんだった。


もっと身近に「食」を体験できる場所を

休みなく働く人見さん夫妻。ランチは全て奥さんの朋子さんが担当し、メニューにあわせたデザートを人見さんが作る。良き同僚として、良きパートナーとして、二人三脚でここまで走り抜けてきた。

週代わりのランチメニューを試す週の初日は、いつも緊張するという。「お客さんの反応を、こっそり確かめていて。『美味しい』と会話が聞こえるとすごく嬉しくなります。やっぱり、お客さんの反応が一番のやりがいですね」と話すのは朋子さん。綺麗に返ってくるお皿を眺めながら、次はどんなメニューでお客さんを楽しませようかと考える毎日だ。

今後の目標を尋ねると、「店でアイシングクッキーのワークショップとか、夏休みの子供たちへお菓子教室とかしてみたいです。元々前の店で職業体験をしていて、よく子供が店に来ていました。そういうのを見てて子供が喜ぶ姿が嬉しくて。」と目を輝かせる。

常にお客さんを楽しませることを考えている人見さん夫妻。夫婦が織りなす柔らかで落ち着く雰囲気と、こだわりの味を求めるお客さんは、今日も後を絶たない。


教えて!センパイ!

きうぷる

紀の川市のお気に入りポイントはぷる?

人見さん

とにかく「旬」に気づくようになったこと。大阪では年中スーパーに置いてる野菜も、こっちではなかったり。でもだからこそ、その時期一番美味しい野菜や、見たこともないような珍しい野菜に出会えたりします。

きうぷる

紀の川市へ来て一番苦労したことはあるぷる?

人見さん

2018年7月に移住し、9/5に店をオープンしたのですが、前日の9/4に大きな台風が。開店準備中の停電など不安が多い幕開けになりましたが、無事オープンできてよかったです。

きうぷる

移住者へのアドバイスはあるぷる?

人見さん

都会との生活とは違うことばかり。今まで自転車で行けた所へ行けない、買いたいものがすぐ買えない不便さと向き合った先に、ここにしかない素敵なことが見つかるのだと思います。


移住のステップ

まずは、土地探し

知り合いの不動産屋に相談し、奈良、生駒、丹波篠山、山口、彦根、倉敷、滋賀などあらゆる候補地を探した。

現地に赴き、理想の土地を模索

各候補地は、全て実際の訪れ自分の目で確かめた。話で聞いたり、画面で見ただけではわからないことがある。実際に歩いてみて、肌で感じたことが、最後に背中を押す決め手となった。

人との繋がりを大切にする

工務店に紹介してもらった人に、資金繰りのアドバイスや土地転用の手続きなど色々協力をしてもらった。その土地の慣習のために、複雑な事務処理や手続きを関係各所と交わすことが必要になることも多い。

移住・開店

土地を購入してから、実際に移住するまでに約1年以上かかった。移住には予想以上に時間がかかることが多いので、仮住まいや仕事も含め、計画的な移住をおすすめする。

この記事を書いた人

ぷるるん課長

人見さんと話をしていて印象的だったのは、会話に「感謝」という言葉がたくさんでてくること。自分の人生にイレギュラーが発生すれば、一度立ち止まり、方向を変えていく素直さと勇気が感じられた。側からみて困難だと思うことでも、現状に感謝し着実に自分の思う未来へと歩みを進めていく人見さんの姿勢が、周囲に人を集め繋がりを強くしていく。世界から学び、日本で磨いた腕から生み出される洋菓子たちは、そんな人見さんの人柄を表すようだ。オススメは、フランス時代の思い出の味を再現した「オペラ」。他店との違いが光るその味を買い求め、遠方から来るお客さんも多いのだとか。奥さんが作る、目にも楽しいカラフル自然派ランチも人気。ぜひ一度、味わってもらいたい。