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住いも甘いも紀の川市「Good for Kinokawa」

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先生になりたいという夢を現実に、
ご縁がつながり紀の川の地へ

先生になりたいという夢を現実に、
ご縁がつながり紀の川の地へ

立山 尚子 Naoko Tateyama

結婚後、夫の海外赴任に伴い、17年間で世界7カ国の途上国で暮らす。2013年、お子さんが高校入学を機に、母子で東京に戻り暮らし始める。2018年、先生になるために勉強を開始する。ご縁がつながり、紀の川市のちいさなオルタナティブスクールの先生となり、2020年6月に紀の川市へ移住。

きうぷる

独自の理念と教育方針によって行われる教育をオルタナティブ教育というぷる。オルタナティブ(alternative)という言葉には「代案」や「主流な方法に変わる新しいもの」という意味があるぷる。だから、オルタナティブスクールは「第3の選択肢の学校」と呼ばれることもあるみたいぷる。

岩出市との境にある紀の川市西三谷。
紀の川北岸の和歌山平野を横断する主要道路である、和歌山県道7号粉河加太線から少し入ったところに、広大な田畑を目のまえに、古民家を改装したオルタナティブスクールがある。そこで、先生になるために移住した、立山尚子さんに話を伺った。

1冊の本から始まる想い

ある1冊の本を読み「こんな教育を受けてみたかった。」と感銘を受けたのがオルタナティブ教育だった。それから関連の本を読み、独学で思想などを学んだ。当時は、ご主人の仕事で海外を転々としており、お子さんがルーマニアの幼稚園に通うこととなる。そこでの教育がオルタナティブ教育であり、3年間先生のお手伝いをし、教育に実際に触れたことでより深く知る。そのことがきっかけで、オルタナティブスクールの先生になりたいという想いが強くなる。だが、17年間子育てをしながら、7カ国を渡りあるく海外生活で、「この夢は今世では難しいのかも、来世への持ち越しかなと思っていました。」と話す立山さん。

我が子からの後押しが一歩へ

お子さんの高校入学をきっかけに、ご主人は単身海外にのこったまま、立山さんとお子さんは東京へ戻る。それから5年が経ち、やれるところまではやりたいと思い、養成講座へ申し込み本格的にオルタナティブスクールの先生になるための勉強を開始する。
そして、この養成講座で知り合い、「和歌山に来てみない?」と声をかけてくれたのが、現在勤めている学校に関わっている先生だった。このご縁で、立山さんの夢が大きく前進する。さらに、大学生になったお子さんたちにも「お母さんがやりたいのなら、行っておいで。」と後押しされ、単身で紀の川市へ移住することを決意する。

夢を叶えた地での生活

現在は、1年生3人・2年生4人・3年生3人の合計10人の低学年複式クラスの担任をしている。「毎日子どもたちとの関わりが学びであり、癒やしとなっています。」と立山さん。すべてのカリキュラムを担任の裁量で任されているため、準備や計画、絵を描いたり、手仕事をしたり、楽器の練習と自身の勉強など、充実した毎日を過ごしているという。

夢を叶えるために移住した地がたまたま紀の川市だったが、世界を転々としていた立山さんでも、紀の川市での生活で気づくことが多いという。「いろんな地で生活をしてきましたが、田園風景がそのまま残っているところは初めてです。空の青色が写った田んぼ、夕焼けのオレンジに染まった水田、稲刈り間際に金色に輝く稲穂など、四季折々に変化する姿が美しい。また農作業をする方々の姿を見て、農作物ができていく姿を季節ごとに感じ暮らすことは、子どもたちにとってもなんて豊かなことなんだろうと思います。」と立山さん。

地域と環境からの学びと、暮らし

海外暮らしが長かった立山さんが、紀の川市で感じたことは他にもある。人の手が入らなくなった土地が、ジャングルのように草が生い茂っている姿を見て、日本は何もしなくても植物が生える土壌であると気づかされたという。「都市で育った私には、それは驚きでもありました。また、アラブ諸国では放棄地は即、砂漠になってしまいます。改めて農家の方々が常に手入れをし整えてくださっているのだと畏敬の念が湧いてきます。」と立山さん。

現在立山さんは、築40年の一戸建てに住んでいる。その地域は、まだインフラ(下水道)が整備されていない所だ。「生活用水がそのまま外の溝に流れていくのを見たときはとても驚きました。改めて自身の暮らし方、生き方が地域の環境、そして地球の環境に直につながっていると気づきました。次世代を担う子どもたちにとっても、自分の地域と地球環境を結びつけて考えて生活することは大切なことですね。」自然が常に身近にある環境での教育のメリットを感じているという。

いろんな地で生活を経験したからこその気づきが立山さんにはある。先生として子どもたちと一緒に体験し学んでいきたい、夢を実現したこの場所で、立山さんは今日も笑顔で教壇に立つ。


教えて!センパイ!

きうぷる

Q1. 紀の川市を一言で表すとなにぷる?

立山さん

おいしいところ!

きうぷる

Q2. 移住者へのアドバイスはなにぷる?

立山さん

どこに住んでも楽しめるかは自分次第だと思います。どこではなく、ご縁のあった土地で誠意をもって全力投球するのが大切だと思います。

きうぷる

Q3. 紀の川市の魅力はなにぷる?

立山さん

便利すぎず、不便すぎず。地域の方との距離も近すぎず、遠すぎず。里山の魅力たっぷりで、一年中おいしい野菜や果物が溢れているところです。

Inteview Movie

移住フロー

夢を叶えたくて、紀の川市へ

オルタナティブスクールの先生になる夢を叶えるため、勉強を始める。そして、ご縁がつながり先生になるために、東京から紀の川市へ移住を決意。

オンラインで、物件さがし

コロナ禍で自粛規制中のため、東京から出ることができず。物件さがしはネットにて、賃貸情報や和歌山県の空家バンクの閲覧。Googleマップの衛星写真上で場所の確認や散策をする。気になる物件は、勤務先の事務局の方にお願いをして、オンラインでつないでもらい、物件の内見。質問のやり取りも、すべてオンラインで行い、物件を決める。

この記事を書いた人

ぷるるん課長

立山さんとお会いしたとき、お話をする声のトーンやテンポから、穏やかで物静かな方という印象だった。しかし話をすすめると、夢への想い、環境や教育に対する考え、移住してからの暮らしぶりなどから、強さや自身の想いを実行する信念が感じられ、生き生きとされているその姿は、眩しいくらいだった。移住を考える方へのアドバイスで、「腹を括り楽しむこと」。この一言を聞いて、立山さんの今現在への向き合いかたを知る。この場所で先生として、立山さんが今後、益々活躍されていくことを願う。